Use Cases (更新: 2026/6/7)

SaaSの雛形は「認証・課金・テナント・ダッシュボード」だけでいい

SaaSの土台は最初に何を作り何を後回しにするかで決まる。最小4点セットの構成、既製ボイラープレートと自作の判断、Claude Codeで土台を素早く組む手順を僕の失敗込みで。

SaaSの雛形は「認証・課金・テナント・ダッシュボード」だけでいい

週末に新しいSaaSのアイデアを思いついて、僕は意気込んでこう打ち込みました。「Next.jsでSaaSを作って。認証も課金もチーム機能もダッシュボードも全部入りで」。

Claude Codeは素直に従いました。30分後、画面はちゃんと動いていた。ログインもできた。ダッシュボードにグラフも出ていた。なのに——別のチームのURLを手で打ったら、よその会社のデータが普通に見えたんです。

雛形(ボイラープレート)づくりで一番やりがちな事故が、これです。「動く土台」と「壊れない土台」はまったく別物。今日は、SaaSの土台を何から作り、何を後回しにするかという順番の話を、僕がつまずいた順に書いていきます。

この記事の要点

  • SaaSの最小の土台は認証・課金・マルチテナント・ダッシュボードの4点だけ。これ以外は最初は全部後回しでいい。
  • 4つの中でも、テナント境界(データの仕切り)を先に決めるのが最優先。後付けは事故るし、書き直しが一番痛い。
  • 既製ボイラープレートか自作かは「学びたいか/急ぎたいか」で割り切る。stripe課金やOAuthログインは既製、ドメイン固有のロジックは自作が基本線。
  • Claude Codeには「いきなり全部」ではなく、CLAUDE.mdに境界を書いてからスキーマ→ガード関数→画面の順で頼むと差分が小さく、レビューが効く。
  • 各要素(認証/RBAC/決済/ダッシュボード)の深掘りは個別記事に分けた。この記事は全体の地図。

SaaSの土台は、実はたった4つ

「SaaSに必要な機能」をリストアップし始めると、止まらなくなります。通知、招待、Webhook、利用量メーター、Slack連携、SSO、監査ログ、管理画面……。全部いる気がしてくる。

でも最初に必要なのは、たった4つです。

要素一言でいうとこれが無いと
認証誰がログインしているかそもそもユーザーを識別できない
マルチテナント会社・チームごとにデータを仕切るよそのデータが見える事故
課金お金を受け取る仕組み売上が立たない
ダッシュボードログイン後の最初の画面ユーザーが何をすればいいか分からない

逆に言うと、招待・通知・SSO・利用量課金・管理画面・監査ログは、全部この4つの後でいい。最初のユーザーが1人つくまで、招待機能は1行も書かなくていいんです。僕は昔これを逆にやって、誰も使っていない招待フローのデバッグに週末を溶かしました。

「マルチテナント」だけ補足します。1つのアプリを複数の会社で安全に共有する仕組みのことです。賃貸マンションを想像してください。建物(アプリ)は共通でも、201号室の住人が301号室に勝手に入れたら大問題。その「鍵」を設計するのがマルチテナント設計です。

何を先に作り、何を後回しにするか

順番には正解があります。後から差し込むと一番痛い順、つまり土台に近い順に作る。

  1. テナントの仕切り(最優先)。全データに「どのテナントのものか」という印を付ける。これを後付けすると、既存の全テーブルとクエリを直す羽目になります。
  2. 認証。ログインとセッション。テナントに人を結びつける土台。
  3. 権限(ロール)。オーナー・管理者・請求担当・一般。最初は2〜3種類で十分。
  4. 課金。プラン選択とStripe決済。サブスクの状態をDBに持つ。
  5. ダッシュボード。ここでやっと「画面」。上の4つが固まっていれば、画面は一番気楽な作業です。

後回しでいいもの、というより「ユーザーが増えてから困ったら作る」もの。

  • 招待・メンバー管理(ユーザーが2人目を呼びたくなってから)
  • 利用量に応じた従量課金(固定プランで売れてから)
  • SSO・SAML(企業の引き合いが来てから)
  • 凝った管理画面(prisma studioやDB直見で当面しのげる)
  • 監査ログ(ただし課金とロール変更だけは最初から1行残す。後述)

この順番のキモは1番です。テナント境界の設計はマルチテナントSaaSを安全に実装する実務ガイドに独立した記事があるので、土台を本気で組むときは先にそちらを読んでください。ここでは「最初に決める」とだけ覚えてもらえれば十分です。

既製ボイラープレートか、自作か

ここで多くの人が悩みます。世の中には完成度の高い有料SaaSテンプレートがいくつもある。一方で「全部自分で書きたい」気持ちもある。

判断はシンプルで、**「これを自分で書くことから学びたいか?」**の一点です。

部分おすすめ理由
OAuthログイン・セッション既製ライブラリ(Auth.js等)自作の認証は事故の温床。車輪の再発明で得るものが少ない
Stripe決済・Webhook公式SDK+薄い自前ラッパ決済ロジックは枯れたものを使う。ただし冪等性だけは自分で握る
テナント境界・権限チェック自作ここがプロダクトの心臓。他人のコードをコピペすると穴に気づけない
ドメイン固有の機能自作そもそも誰も書いてくれない。ここが価値の源泉
UIコンポーネント既製(shadcn/ui等)+カスタム見た目で消耗しない。中身に集中する

僕の結論は「認証と決済は他人の肩に乗る。テナントと権限は自分の手で書く」です。前者はバグると恥ずかしいだけだけど、後者はバグると会社が飛ぶ。リスクの重さが違うんですね。

既製テンプレートを買う場合の注意点も一つ。テンプレートのStripe Webhookが古いAPIで書かれていることがあります。2025年3月のStripe Basilでcurrent_period_endがサブスクリプション直下から各アイテムへ移動しました。古い雛形をそのまま使うと、更新日がundefinedになって静かに壊れます。買ったコードも疑う。これ大事です。

Claude Codeに渡すCLAUDE.md

冒頭の「全部入りで作って」が事故ったのは、Claude Codeが悪いんじゃありません。境界を伝えなかった僕が悪い。新人に「いい感じにSaaS作っといて」と丸投げするのと同じです。

そこでCLAUDE.mdに「越えてはいけない線」を先に書きます。これがエージェントの足場(ハーネス)になります。

# CLAUDE.md

## 作るもの
再利用できる有料SaaSの土台。最小構成は 認証 / テナント / 課金 / ダッシュボード。
この土台は法務・税務・セキュリティレビューの代わりにはならない。

## 技術スタック
- Next.js App Router + TypeScript
- Prisma + PostgreSQL
- Auth.js(OAuth/セッション)
- Stripe Checkout + Webhook
- Vitest / Playwright(受け入れテスト)

## 越えてはいけない線(最優先)
- すべての業務データは tenantId を持つ。
- ブラウザから来た tenantId を、メンバーシップ確認なしに信用しない。
- ロールは OWNER / ADMIN / BILLING / MEMBER の4つ。
- 課金系ルートは OWNER か BILLING のみ。
- 課金とロール変更は必ず監査ログを1行残す。
- 秘密情報は src/lib/env.ts 経由で読む。ハードコード禁止。
- 「別テナントにアクセスできない」テストを必ず書く。

## 作る順番
1. Prisma スキーマ(テナント境界を先に)
2. テナント/ロールのガード関数
3. 認証 → 課金 → ダッシュボードの順で画面

## 出力ルール
編集後は、変更ファイル・実行コマンド・残るリスク・人間が確認すべき点を列挙する。

これを置いてから頼むと、Claude Codeが勝手にガード関数とテストを書く方向に寄ります。初心者ほど効きます。「テナントIDをブラウザから信用するな」の一文があるだけで、冒頭の「よそのデータが見える」事故が消えるんです。

テナント境界は、コードで強制する

土台の心臓部だけ、実際に動くコードを置きます。ポイントは一つだけ。「ブラウザから来たtenantIdを絶対に信じない」。URLにもフォームにも書けるし、いくらでも書き換えられるからです。

次の関数は、ログイン中のユーザーがそのテナントに本当に所属しているかをDBで確認し、足りない権限なら止めます。Next.js App Router+Prisma+Auth.jsを想定しています。

// src/lib/tenant.ts
import { Role } from "@prisma/client";
import { redirect } from "next/navigation";
import { auth } from "@/lib/auth";
import { prisma } from "@/lib/prisma";

// ロールの強さ。数字が大きいほど強い権限。
const roleRank: Record<Role, number> = {
  MEMBER: 1,
  BILLING: 2,
  ADMIN: 3,
  OWNER: 4,
};

/**
 * 門番。指定テナントに所属し、必要な権限を満たすときだけ通す。
 * ブラウザから来た tenantId は、ここで必ず DB と突き合わせる。
 */
export async function requireTenant(tenantId: string, minimumRole: Role = "MEMBER") {
  const session = await auth();
  if (!session?.user?.id) redirect("/login"); // 未ログインは弾く

  // ユーザー × テナントの所属を DB で確認(ここが肝)
  const membership = await prisma.membership.findUnique({
    where: {
      userId_tenantId: { userId: session.user.id, tenantId },
    },
    include: { tenant: true },
  });

  // 所属していない、または権限が足りなければ止める
  if (!membership || roleRank[membership.role] < roleRank[minimumRole]) {
    throw new Error("このテナントへのアクセス権がありません");
  }

  return { userId: session.user.id, tenant: membership.tenant, role: membership.role };
}

使い方はこうです。課金ページなら BILLING 以上を要求します。

// src/app/dashboard/[tenantId]/billing/page.tsx
import { requireTenant } from "@/lib/tenant";

export default async function BillingPage({
  params,
}: {
  params: Promise<{ tenantId: string }>;
}) {
  const { tenantId } = await params;
  // 権限が足りなければ、この行で例外が飛んで以降は実行されない
  const { tenant, role } = await requireTenant(tenantId, "BILLING");

  return <h1>{tenant.name} の請求設定(あなたの権限: {role})</h1>;
}

このrequireTenantを全ページ・全API冒頭で呼ぶ。たったこれだけで土台の安全性が一段上がります。権限設計を細かく詰めたい人はRBACの実装記事へ、ログインそのものの作り込みはWeb認証をセッションで固める記事へ。この記事はあくまで地図なので、各論はリンク先に任せます。

ダッシュボードは最後でいい理由

「まずダッシュボードから作りたい」気持ち、分かります。目に見えて達成感があるから。でも順番として最後でいい。理由は、ダッシュボードは上の3つ(認証・テナント・権限)が揃って初めて意味を持つ画面だからです。

逆に言えば、土台ができていればダッシュボードは一番ラクな作業になります。requireTenantでテナントを取って、そのテナントのデータだけ表示すればいい。グラフ選びやレイアウトに悩むのはその後で十分です。チャート選定やURL同期みたいな実装の細部はダッシュボード開発の記事にまとめてあります。

最初のダッシュボードは「ようこそ+今日の数字3つ+次にやることへのボタン」くらいで十分。凝るのは、ユーザーが「もっと見たい」と言ってからです。

僕がやらかした失敗3つ

正直に書きます。最初に組んだSaaSの土台は、穴だらけでした。

ひとつ目は、テナント境界を後回しにしたこと。 「とりあえず動かして、仕切りは後で」とやったら、後で全テーブルにtenantIdを足し、全クエリを直す羽目になりました。半日仕事です。境界は最初に1回。これだけは譲れません。

ふたつ目は、課金を本物のお金が動く所までサンプルのまま進めたこと。 Stripe Webhookを「一度しか来ない前提」で書いていたら、再送イベントで二重に処理されかけました。Webhookは同じ通知が複数回来るのが普通です。冪等性(同じ処理を何度やっても結果が変わらない性質)を最初から入れる。この痛い話はStripeサブスクの冪等性の記事に詳しく書きました。

みっつ目は、監査ログを「後で全部入れよう」としたこと。 全操作にログを入れようとすると重くて挫折します。今は割り切って、課金の変化とロール変更の2つだけ最初から1行残す。「誰がいつプランを変えたか」「誰を管理者にしたか」さえ追えれば、初期トラブルの9割は調査できます。

よくある質問

Q. 既製のSaaSボイラープレートを買えば、自分で土台を作らなくていい? 土台の8割は省けますが、テナント境界と権限チェックだけは中身を理解しておくべきです。ここがバグると情報漏洩に直結します。買ったコードでもrequireTenant相当の処理は自分の目で追ってください。

Q. 最小構成だけで本当にリリースしていい? 個人向けマイクロSaaSなら十分です。認証+固定プラン課金+テナント+ダッシュボードがあれば売れます。招待やSSOは、ユーザーが実際に欲しがってから足すほうが、無駄な実装が減ります。

Q. マルチテナントは「テナントごとにDB」と「1つのDBでtenantIdで仕切る」どっちがいい? 最初は後者(1つのDB+tenantId列)で十分です。シンプルで運用が軽い。テナントごとにDBを分ける方式は、大企業向けのデータ分離要件が出てきてから検討すれば間に合います。

Q. Claude Codeに「SaaS作って」と一発で頼んでいい? おすすめしません。CLAUDE.mdに境界を書いてから、スキーマ→ガード関数→画面の順に小さく頼むほうが、差分が読めてレビューが効きます。一発生成は動くけど穴に気づけません。

Q. 認証は自作とライブラリどっちがいい? ライブラリ一択です。Auth.jsのような枯れた実装に乗る。自作認証はパスワードハッシュ・セッション・CSRF対策など落とし穴が多すぎて、学習目的以外で書く理由がありません。

まとめ:土台は薄く、境界は厚く

SaaSの雛形づくりでブレないコツは、機能を足し算で考えないことです。

最小は認証・テナント・課金・ダッシュボードの4点。その中でもテナント境界を最初に、コードで強制する。認証と決済は他人の肩に乗り、テナントと権限は自分の手で書く。Claude CodeにはCLAUDE.mdで越えてはいけない線を渡してから、小さく順番に頼む。

「動く土台」を作るのは1日でできます。でも「壊れない土台」は、何を先に作るかの順番で決まる。冒頭の僕みたいに、よそのデータが見える画面を量産しないために——土台は薄く、境界は厚く。ここから始めてください。

この4点をそのまま自分のリポジトリへ落とし込みたいなら、CLAUDE.md雛形やテスト観点をまとめたClaude Codeの教材・テンプレートも用意しています。チームで一気に導入したい場合は研修・導入相談へどうぞ。

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この記事を書いた人

Masa

Claude Codeの実務活用、導入設計、収益導線改善を検証しているエンジニア。10言語の技術メディアを運営中。

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